行列の計算を習って最初に面食らうのは、交換の法則です。そして、行列計算において最初に立ちはだかる壁は、行列の割り算についてです。
結論からいうと、行列にも割り算を考える事はできます。しかし、普通の数と比べて扱いがとてもシビアです。
行列の割り算
ここでいう割り算とは、掛け算の逆の演算の事です。
AB=C
の関係を満たす行列A,B,Cがあったとします。
AにBを掛けたらCになったわけで、これを割り算としてみると、
「CをBで割ったらAになる。」
もしくは、
「 CをAで割ったらBになる。 」
の二つのパターンが考えられます。
式で書くと、
C÷B=A
C÷A=B
が考えられるということです。
ところが、これはすんなり受け入れることができない理由があります。
こんな式で行列の割り算の説明をしている教科書はまずないはずです。
行列の掛け算は交換の法則が成立しない
最初に結論を書いておきますが、
C÷B=Aはともかく、
C÷A=Bには問題があります。
いや、本当は両方とも問題があるのですが、まずは、C÷A=Bの問題点から述べます。
そのために、C÷B×Bを計算したらどうなるのか考えます。
普通、掛け算の記号×は省略するのですが、ここでは割り算と対比できるよう、あえて×記号を書くことにします。
Bで割って、割った行列Bをまた掛けるわけですから、これはCに戻ると考えるのが普通ですね。
式で表すと
C÷B×B=C
です。
それでは、Aで割ってAを掛けた
C÷A×A はどうなりますか?
C÷A×A=C ですよね。
おや、ちょっと待ってください最初に戻ってください。
C÷A=Bを上記の式に代入すると
B×A=C÷A×A=C
こんな式が導かれます。
BA=Cとなっています。
これはおかしいですね。
なぜなら、行列の場合、ABとBAは同じとは限らないからです。
C÷A=Bとすると、誤った関係式が導かれることになります。
ここままでの議論をまとめると、
A×B=Cとなる行列A,B,Cについて
C÷A=Bとすると、B×A=Cという式が導かれる。
たまたまB×A=Cが成立する場合もありますが、これは一般的には成立しません。
行列の割り算を考えるとするのなら、
C÷Bのパターンでその答えはAとするしかありません。
つまり、C÷Bは、考えるとしたらX×B=CとなるようなXのことであって、
B×X=CとなるようなXの事ではないということです。
Xの場所が掛け算の前か後かしっかりと区別が必要ということです。
行列の割り算は、分数のような書き方をしない
行列にも割り算は考えられなくもないのですが、\frac{C}{B}のような分数で書くことはしません。
これも、行列では交換法則が成立しないことが理由の一つです。
行列では掛ける順番も計算に関係していきます。
\frac{AC}{AB}といった式があったとしてもAで約分するということはできません。
\frac{AC}{AB}と\frac{C}{B}を同じとみるわけにはいかないのです。
行列の割り算を考えたとしても、
(A×C)÷(A×B)とC÷Bが同じにならないパターンがあるからです。
行列の割り算を分数形式で書くことのメリットは殆どありません。むしろ混乱を招きます。
実は、行列での割り算は、
C B^{-1}
のような記号を使います。
割る数の右上に-1を書いて、掛け算のような式でかきます。
C÷B=C×B^{-1}です。
割り算記号「÷」は使いません。指数形式の記号を使います。
B^{-1}が何かというと、 Bの逆数に相当するもので、きちんと定義されます。
この行列の逆数(逆元という事が多い)を使って割り算を考えると式としての意味がでてきます。
逆元が存在しない行列もある
逆元を使えば、行列の割り算が定義できると書きましたが、この逆元、行列の場合にはいつも存在するとは限りません。
これは、逆元がない行列では、割ることはできないことを意味します。
普通の数字でも、「0で割ることは許されない」というルールがありますが、それに似ています。
行列の場合、割ることが許されない行列が山ほどあります。
例えば、
\begin{pmatrix}0 & 1 \\ 0 & 0\end{pmatrix}
です。この行列では割ることができません。逆行列がないからです。
\begin{pmatrix}1 & 2 \\1 & 2\end{pmatrix}
もそうです。
行列の割り算は逆元が存在するときしかできないのです。
ただ、逆元が存在する行列であれば割り算として使えます。
行列では逆元の事を逆行列と言います。
行列の割り算は、逆行列を掛けるということで実現されます。
この考えで行列の計算をするとうまくいく事がわかっています。