数は数えることができた。そして、測ることができた。

しかし、永遠に続くもの(終わりのないもの)、限りなく大きいもの、を数で表現したい。

数えることには限りがない、いつまでも数え続けることができる。これによって、永遠に続く「もの」の概念が生み出される。数え続けることは、永遠を表す一つの手段であるが、それを数でどう表現したらよいのだろうか。

次に、この永遠の操作によって、限りなく大きい「もの」、限りなく小さい「もの」(細かい「もの」)の概念が生み出される。

例えば、ある数を倍、その倍、さらに倍、という操作は永遠に続けることができる。この操作によって数から別の数を永遠に作り出すことができる。この永遠の操作によって作り出された数はどう表現したらよいのだろうか。

逆に、ある数を半分、その半分、さらにその半分、という操作も永遠に続けることができる。これは数を限りなく小さく(細かく)する操作である。この操作によって、これまでとはなにか違った種類の性質をもつ、なんらかの数の存在が示唆されているのではないだろうか。

数える、測る、限りなく操作する、有限の思考のなかで、数の三段階の階層の存在が認識される。

さて、抽象的な数の概念ではイメージがぼやけてしまうので、これらの数の具体的なイメージを示す。

数えることのできる数は自然数である。

自然数と永遠の操作から作り出される数が実数である。

実数と永遠の操作から作り出される数が、いわゆる超実数である。

超実数に関しては、概念はあるものの、用語の使い方が定着しておらず、応用もすくないことから、(少なくとも私にとって)そのイメージはぼんやりとしたものであるが、このぼんやりしたイメージをもうすこし明確にしようとするのが、このサイトの目的の一つである。