無限について考えると、なにかと不思議な現象に出くわします。

それが、真理なのか、矛盾なのか、

真理だとしたら、なぜ不思議に思えるのか、

矛盾だとしたら、なにが原因なのか、

可能無限は人間が認識しうる唯一の無限です。そう思えてなりません。

実無限を認識できるはずのない人間が実無限のことを考えるから不思議な現象がでてくるのです。

これが結論です。

それでは、人間を超越した神様は実無限を認識できているのでしょうか?

人間を超越してるので、認識してるのかどうかすらわかりかねますが、それ(実無限)が存在する世界があったとします。

それも、なんでもありのカオスではなく、有限と無限とが調和している世界があったとします。

それはどのような世界だろう。せめて、数の世界では、それ迫れるのではないか、そう考えるわけです。

実無限を認めるにしても、慎重さは必要です。

一口に実無限といっても、ひょっとしたら、実無限にも解釈が複数ありえるかもしれません。

これは、私の持論でまだ研究段階で結論できるわけではないのですが、

無限の絡んだ矛盾ともいえる怪奇現象は、すべて実無限が引き起こしている!

これが、現段階では弱気に仮説ではありますが、私の結論として目標とするところです。

 

数学者は、可能無限の世界で考えたい

唯一認識できる可能無限だけを認めてどこまで数学が構築できるのか。それが問題です。原理原則は少ないに越したことありません。なんでもかんでも無条件に認めるとそこに矛盾の入り込む余地ができてしまいます。

イプシロンデルタ論法が人気ある理由のは、これが可能無限に基づいて論理展開できるからです。「数学者は実無限の立場で考えてる」という主張が蔓延していますが、私はこの考え方に同意していません。逆です。数学者はすべて可能無限で考えようとしているはずです。それが厳密ですから。

厳密さを追求するのであれば、可能無限の立場で論理展開すべきです。

そうでなければ、矛盾が入り込む余地を与えてしまいます。