すべて有限で考えることは「不可能無限」

「可能無限で考える」=「すべて有限で考える」これはあっているようで、違っています。

可能無限は何事も有限で収まる、そういうことではありません。いつまでも続けられる、終わりがない、これが可能無限の範囲です。

いつか終わる、これは可能無限でなく、いうなれば「不可能無限」です。

不可能無限とは私の作った造語ですが、これは、全てに必ず終わりがあるという考え方の事です。

可能無限は無限の可能性を肯定するのに対し、不可能無限は、なんでも有限で考えるので無限の可能性すら否定します。

ですから、可能無限は、不可能無限と実無限の中間に位置することになります。

「すべて有限で考える」これを可能無限の考え方とみなす事がありますが、それはあまりにも極端な考え方で、「可能無限」と「すべてを有限とする極端な可能無限」の両者を区別するために「不可能無限」という造語を作りました。

例えば、コンピュータで無限ループの処理に陥ったとしても、コンピュータは物性によっていつか壊れる、コンピュータがこわれたら無限ループはできない、したがって無限ループなど存在しない。こんな考え方が、不可能無限です。無限に続くものを考えない主義ですから。

可能無限は、論理的ではありますが、無限にループする状態は有りえると考えます。ちなみに、実無限では、無限にループした処理がそのあとどうなったかまで考えます(通常それを考えるのは不可能ですが、実無限で考えるという事はこの不可能を考えるという事です)。

いくらでも大きな数が存在する事は可能無限では認めている範囲であり、さらに無限に続く数列の存在も認めます。可能無限は、無限大という認識の範囲を超えたよくわからないアバウトな概念である無限大に到着することがあると考えないだけです。無限大を否定も肯定もしません。それに対し、不可能無限は、なのごとも常に終わりがあると考えるので、無限大に到達するまえになんらかの上限に達します。常に最大値を持っているわけです。全く然違う考え方なので、この不可能無限を可能無限と呼んではなりません。区別すべきです。

数列も同じです。可能無限では、無限に続く数列を考えることは可能です。すなわち、任意の自然数nに対して小数第n位が存在していることは認めます。そして、いくらでも望むだけある数に近づくことができると考えます。それが可能無限の考え方です。

それに対し不可能無限は、有限でしか考えないので、際限なく二つの数が近くなるなどとは考えません。異なるどの二つの数も必ず差があると考えます。思考することすらしません。無限に続く数列は門前払いです。不可能無限では、無限と名がつくもの、何べんも終わることなく続くものはすべて排除されます。

例で説明しますと、可能無限では1.414…という無限に続く数列を考えることは可能です。この数列が√2に到着するとは考えません。いくらでも差が縮むとは考えますが一致することはありえないのです。そう考えるだけです。実際、解析学でもこのような解釈がなされています(イプシロンエヌで考えているのなら)。

不可能無限では1.414…という無限に続く数列は思考の範囲外となります。そんなものは存在したとしても、むなしいもの、意味の無いものであると考えるのです。不可能無限では1.414…の…部分が明確でないということを理由にそのような記載はどのような数を表しているのかわからないと拒絶します。

不可能無限に対して、無限大に関することと、収束する数と、二つの例をあげました。

極限の式でみる不可能無限

極限というのは、不可能を可能にします。次の二つの命題をみてください。

(A) 「任意の自然数nに対して、0≠1/n である」

(B) 「\(\lim_{n→∞}1/n=0\)」

極限操作を行うと、任意の自然数nで否定されていることも、極限状態では肯定されています。

これは、可能無限では意味がある式です。ところが不可能無限ではこのような式さえも扱うことができません。

なぜなら、自然数全体は無限集合であるので、任意の自然数nに関する命題は有限でなくなるからです。

あえて、これに近い命題を不可能無限で記述するとなれば、こうなるはずです。

(A’) 「ある自然数Mが存在して、n≦Mである任意の自然数nに対して、0≠1/n である」

このある自然数Mですが、不可能無限ではもちろん任意にとることができません。固定されます。この自然数Mを任意に扱いたければ、さらに、「ある自然数Lが存在して、M≦Lである任意の自然数M」というMの上限を設定する必要があります。有界で考えているわけですから、どこかで打ち切らなければ気が済まない、それが不可能無限での考え方でうs.

(B)の命題については、不可能無限では意味が通りません。∞がどんな状態なのか考えることができませんから。それでも、これに相当する命題もあえて作り出してみますと、

(B’) 「ある自然数Nが存在して、\(\lim_{n→∞}1/n≦1/N\)」

かなり苦し紛れに作りましたが、こんな感じでしょうか。実際には∞の記号を使うことができませんから、この式n∞に新しい意味付けする必要があります。

不可能無限で考えるとはなんと窮屈なことでしょう。なんに対しても、有界で考えるのが不可能無限です。可能無限での考え方と全然ちがっていることがわかると思います。

この不可能無限と呼んだ考え方を、あたかも可能無限での考え方の一種とみなすのは、なんと乱暴な、極端な発想でしょうか。

無限に関する概念が人によっておぼろげなため、「無限」という用語に対し「話し手」と「受け手」でニュアンスが異なってしまうことが有りえます。ともすると、不可能無限と呼ぶべき所を可能無限、可能無限と呼ぶべき所を実無限と誤った認識に陥る可能性があります。

無限についてはこの誤解がないようにあえて、不可能無限という用語を作り出して解説したしだいです。