ベクトルや行列を含んだ式の中に0と書かれる記号があります。
実は、数字のゼロ(零)もゼロベクトルも、またゼロ行列も同じ記号”0”を使って表わすことはよくあることなのです。
慣れてくれば、特に混乱することはありませんが、まだベクトルや行列の計算式に慣れていない場合には、混乱がるかもしれません。
同じ記号0を使っても混乱がないので同じ記号を使うわけですが、少しでも混乱を避けるために、0ベクトルの場合には、上に矢印をつけた\( \vec{0} \)や太字の0記号もよく使われます。
ゼロとゼロベクトルの違い
まずは、その違いからですが、簡単位にうとゼロは数値、ゼロベクトルはベクトルということです。
ベクトルと対比して、数値の事をスカラーという場合もよくあります。
数値というのは、具体的には実数(複素数の場合もあり)を指していると考えてよいです。
ベクトルには、縦ベクトルと横ベクトルの2種類がありますが、いずれにしても、成分と呼ばれる数値を何個かならべて表す事ができます。
数値を縦に並べるか、横に並べるかで縦ベクトルか横ベクトルかの区別がされます。
ゼロベクトルには、縦ベクトルのゼロベクトルもありますし、横ベクトルのゼロベクトルもあります。
縦ベクトルであるゼロベクトルの例
\( \begin{pmatrix}
0 \\
0 \\
0 \\
\end{pmatrix}
\)
横ベクトルであるゼロベクトルの例
\( \begin{pmatrix}
0 & 0 & 0 & 0 & 0 \\
\end{pmatrix}
\)
同じ縦ベクトルであっても、成分の個数によって区別されます。
2個の成分を持つベクトルは2次元のベクトルと呼ばれます。
同じ縦ベクトルであっても、2次元の縦ベクトルと3次元の縦ベクトルは違います。
すべての成分がゼロであるベクトルがゼロベクトルであるのですが、厳密にいうと2次元のゼロベクトルと3次元のゼロベクトルは区別されます。
なお、話がややこしくなるかもしれませんが、1次元のベクトルというのもあります。1次元のベクトルは成分が1個しかないため、数値と同一視することができますが、厳密には別ものです。
さらにいうと、1次元のゼロベクトルでも、縦ベクトルとしてのゼロベクトルと横ベクトルとしてのゼロベクトルは違うものです。
1次元ゼロベクトル
\( \begin{pmatrix}
0 \\
\end{pmatrix}
\)
は、1次元の縦ゼロベクトル、1次元の横ベクトルの両方の見方ができますが、本来この両者は区別されるべきものです。
縦に並んでいるとみるか、横に並んでいるとみるかの違いがあります。
これらは暗黙に同一視することが多いし、同一視しないとはなはだ面倒なことが増えて論点がぼやけたりしますので、いちいち断り書きもすることはないです。整数のゼロと実数などのゼロを同一視するのと同じ考え方です。
ゼロはゼロでもどの集合に含まれているのかの違いを言ってるだけで、同じものとみなすことができます。
こういう意味では、1次元のベクトルは数値と同一視することができるのですが、2次元のベクトルを数値と同一視することはできません。
同様に3次元のゼロベクトルも4次元のゼロベクトルと同一視することはできません。
三角形も四角形も多角形という意味では似ていますが、辺の数が異なるという意味で区別されるのと同じです。
三角形の見方をどう変えたとても四角形にはなりません。
これと同じ原理です。
ゼロベクトルと一口にいっても、いろんな種類のゼロベクトルがあるわけです。
ゼロ行列
数値を縦に並べたり、横に並べたのがベクトルですが、縦にも横にも数値を並べたものが行列です。
行列は、(同じ次元の)縦ベクトルを横に並べたものとみなすことができますし、横ベクトルを縦に並べたものともみなすことができます。
もちろん、先に説明したとおり、縦ベクトルを横に並べてかいたものと、行列は違う種類のものですが、成分の個数、並び方だけに注目すると同じ配置になるので、同一視することができるのです。
成分が全てゼロである行列がゼロ行列です。
ベクトルの場合には、成分の個数を次元という単位で数えましたが、
行列の場合には、成分の個数を○行○列といった形で表します。
2行3列のゼロ行列というのは、縦に2個、横に3個のゼロが並んだ行列のことです。
\( \begin{pmatrix}
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0 \\
\end{pmatrix}
\)
同じ行列でも行数や列数が異なるものが区別されます。
ですから、ゼロ行列と一口にいっても、行数や列数によって、いろんな種類のゼロ行列があるわけです。
ゼロ、ゼロベクトル、ゼロ行列の共通点
ゼロ、ゼロベクトル(ゼロ縦ベクトル、ゼロ横ベクトル)、ゼロ行列の違いを説明しましたが、似ているところもあります。
それは、すべてゼロを使って構成されていることです。
ゼロベクトル、ゼロ行列の成分はすべてゼロです。
ゼロの並べ方の違いで、ゼロベクトル、ゼロ行列と呼び方が変わってきますが、成分がすべてゼロであることは共通点です。
この共通点が、数値ゼロとの共通点でもあります。
単位元としてのゼロ
私達は、数値のゼロを0と記しますが、実は加法(足し算)が定義された集合の単位元もゼロと書き表します。
整数や実数の加法においえる単位元は数値のゼロ他ならないのですが、数値でなくても、なんらかの集合に足し算が定義されていて、そこに単位元という要素が存在する場合、それを0と書きます。
ベクトルや行列には、加法(足し算)がうまく定義できます。
そして、加法に対する単位元が存在し、それがまさにゼロベクトル、ゼロ行列でもあるのえす。
先程は、ベクトルや行列を数値を並べたものして定義しましたが、ある集合がある規則(演算など)をもった構造をしているとき、その単位元を0と書きます。
乗法における単位元は1と書きます。これからわかるように、単位元というのは、演算によって異なってきます。
加法の単位元と乗法の単位元はほとんどの場合区別して考えますから、記号としても0と1と区別して使い分けます。
この単位元としての記号0や1は、
数値の0や1の概念を広く考えたもので、
数値としての0や1とは違うものです(同じとみなせる事も多いですが)。
ゼロベクトルやゼロ行列が加法の単位元としての意味でよく0と書かれますが、それらが数値の0とは違うものであることがこの例となっています。
加法の単位元としてみると、数値の0も、ゼロベクトル、ゼロ行列も同じくくりになりますが、それらを扱っている全体集合の違いから、数値の0、ゼロベクトル、ゼロ行列を区別する必要があるわけです。
ベクトルや行列で表された式には、数値の0(ゼロ)、ゼロベクトル、ゼロ行列が混在して盛り込まれる場合が多いので、実際には0が数値なのか、ベクトルなのか、行列なのかをしっかりと見極めてみないと、その式が表している内容を把握しているとは言えません。
式の表面上の字面だけでをみるだけでは、0がなにを表しているのかわかりません。
式にあらわれているそれぞれの記号がどんな意味でつかわれているのか、よく把握してこそ、その式の意味がわかるというものです。