1. はじめに
量子力学は、原子や素粒子といった微視的なスケールにおける物質とエネルギーの振る舞いを記述する現代物理学の理論である。その中心にあるのが、1927年にヴェルナー・ハイゼンベルクによって提唱された不確定性原理である。
不確定性原理は、例えば位置 \(x\) と運動量 \(p\) のような物理量のペアを、同時に無限の精度で知ることが原理的に不可能であるとする。この性質は、量子系の波動性に起因する本質的な制約であり、古典物理とは決定的に異なる。
2. ハイゼンベルクの不確定性原理
数学的定式化
不確定性関係は、標準偏差 \(\Delta x\) および \(\Delta p\) を用いて次のように表される:
\[ \Delta x \cdot \Delta p \geq \frac{\hbar}{2} \]
また、位置演算子 \( \hat{x} \) と運動量演算子 \( \hat{p} \) の交換関係:
\[ [\hat{x}, \hat{p}] = i\hbar \]
が、不確定性原理の根源にある。
波動性とフーリエ変換
粒子の波動関数を \( \psi(x) \)、そのフーリエ変換を運動量空間の波動関数とすると、位置空間での局在化は運動量空間での非局在化を意味する。
波束を構成するには様々な波数 \( k \) の平面波を重ねる必要があり、これはド・ブロイの関係 \( p = \hbar k \) に対応する。
3. 井戸型ポテンシャル内の粒子モデル
ポテンシャルの定義
幅 \(L\) の一次元井戸に粒子を閉じ込めたとき、ポテンシャル \(V(x)\) は次のようになる:
- \( V(x) = 0 \quad (0 < x < L) \)
- \( V(x) = \infty \quad (x \leq 0, x \geq L) \)
シュレーディンガー方程式と解法
箱の中での時間独立シュレーディンガー方程式:
\[ -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2 \psi(x)}{dx^2} = E\psi(x) \]
一般解は:
\[ \psi(x) = A\sin(kx) + B\cos(kx), \quad k = \frac{\sqrt{2mE}}{\hbar} \]
境界条件より \(B=0\)、かつ \( \psi(L) = 0 \Rightarrow kL = n\pi \) より:
\[ \psi_n(x) = A\sin\left(\frac{n\pi x}{L}\right) \]
正規化とエネルギー準位
正規化条件:
\[ \int_0^L |\psi_n(x)|^2 dx = 1 \Rightarrow A = \sqrt{\frac{2}{L}} \]
正規化された波動関数:
\[ \psi_n(x) = \sqrt{\frac{2}{L}} \sin\left(\frac{n\pi x}{L}\right) \]
エネルギー準位:
\[ E_n = \frac{n^2 \pi^2 \hbar^2}{2mL^2} \]
4. 不確定性原理の適用
位置の不確かさ
平均位置:\( \langle x \rangle = L/2 \)
二乗平均:\( \langle x^2 \rangle = \frac{L^2}{3} – \frac{L^2}{2n^2\pi^2} \)
標準偏差:
\[ \sigma_x = \sqrt{\langle x^2 \rangle – \langle x \rangle^2} \]
運動量の不確かさ
平均運動量:\( \langle p \rangle = 0 \)
二乗平均:\( \langle p^2 \rangle = \frac{n^2 \pi^2 \hbar^2}{L^2} \)
標準偏差:
\[ \sigma_p = \frac{n\pi\hbar}{L} \]
不確定性積
\[ \sigma_x \cdot \sigma_p \approx 0.568\hbar \geq \frac{\hbar}{2} \]
ゼロ点エネルギーとの関連
最低エネルギー状態(基底状態、\( n=1 \))であっても、\( E_1 = \frac{\pi^2\hbar^2}{2mL^2} \neq 0 \)。
これは、\( \Delta x \) が有限であるため、\( \Delta p \) もゼロではなく、結果的に運動エネルギーもゼロにならないことに由来する。
このように、粒子の運動量や位置が完全に定まらないというのは、私たちの日常的な感覚からすると、とても不思議なことです。しかし、量子の世界ではそれが当たり前なのです。
では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?その理由を探るために、もう少し詳しく見ていきましょう。
波と粒子の二重性
電子や光などの小さな粒子は、粒子としての性質と波としての性質の両方を持っています。これを「波と粒子の二重性」といいます。
たとえば、海の波を想像してみてください。波が広がっていると、どこに波があるかをはっきりと特定するのは難しいですよね。同じように、電子が波のような性質を持っているとき、その位置をはっきりと決めることができなくなるのです。
逆に、電子の位置をとても正確に測ろうとすると、その波の性質が壊れてしまい、運動量(どれくらいの速さでどちらの方向に動いているか)を知ることができなくなってしまいます。
ハイゼンベルクの不確定性原理
このような関係を、物理学者ハイゼンベルクは数式で表しました。それが「不確定性原理」と呼ばれるものです。
その数式は以下のようになります:
\[\Delta x \cdot \Delta p \geq \frac{\hbar}{2}\]
ここで、
- \( \Delta x \):位置の不確かさ(どれくらい位置があいまいか)
- \( \Delta p \):運動量の不確かさ
- \( \hbar \):プランク定数というとても小さな数(\( h \) を2πで割ったもの)
つまり、「位置を正確に知ろうとすればするほど、運動量はわからなくなる。運動量を正確に知ろうとすればするほど、位置はわからなくなる」ということなのです。
不確定性原理が意味すること
この不確定性原理は、単なる測定の限界ではなく、自然の根本的なルールです。どんなに優れた機械や方法を使っても、この限界を超えることはできません。
それは、電子や光のようなミクロな世界では、「ある時点での正確な位置と運動量を同時に持つ」という考え自体が成り立たないことを意味しています。
このように、量子力学の世界では、私たちの常識が通用しないようなことがたくさん起こります。それでも、この理論によって現実の現象がとても正確に説明できるのです。
次回は、この不確定性原理が実際にどのような現象に現れているのか、具体的な例を見ながら学んでいきましょう。