ゼノンのパラドックスの中でも「アキレスと亀」の話は特に有名で、広く知られています。
足の速いアキレスが、足の遅い亀を少し後ろから追いかけるのですが、なぜかいつまでたってもアキレスは亀を追い越せない――これがパラドックスの内容です。
最初にこの寓話を聞いたとき、多くの人は「どこがパラドックスなのか」「なぜアキレスが亀に追いつけないとされるのか」が理解できず、戸惑います。そして考えれば考えるほど、その理由がどこにあるのかで頭を悩ませることになります。
もちろん、直感的に寓話のままでも理解できる人はいるでしょう。しかし、数学的に整理すると仕組みがより明確になります。以下では数学的な観点から簡単に説明します。
アキレスと亀の話を距離で単純化する
本来の話は「時間」と「速度」を扱うため少し複雑です。そこで、ここでは距離に置き換えて考えてみます。その方が仕組みがわかりやすいからです。
まず、100メートルの数直線を考え、亀が100メートル先にいるとします。そして単純化のために、亀は動かない(速度=0)と仮定します。
驚くことに、この条件でも「アキレスは亀を追い越せない」という構図を作ることができます。明らかに不自然な条件を設定することで、パラドックスのからくりが見えやすくなるのです。
アキレスが亀に追いつくまでのステップ
アキレスは100メートル先の亀を目指して走ります。まず50メートル地点に到達しますが、当然まだ亀には追いついていません。次に75メートル地点、さらに80メートル地点、90メートル地点、95メートル地点……と進んでいきます。
このように「追いつくためにはさらに次の地点に到達しなければならない」というステップを無限に繰り返すことができます。
数学的モデル化
アキレスの到達地点を数で表すと、50、75、80、90、95…と続きます。95と100の間にも98があり、さらに99、99.5、99.9、99.99…と無限に地点を設定できます。
つまり、アキレスが100メートル地点に到達するためには、無限に存在する到達点を通過しなければならないことになります。無限のステップを一つずつ踏むことは終わりがない行為です。これが「アキレスは亀に追いつけない」とされるからくりです。
時間で考える場合
同じ発想は時間にも適用できます。時間もまた無限に分割できるからです。たとえば「アキレスが10秒後に亀に追いつく」としても、0秒から10秒の間には無限に多くの時刻(9秒、9.9秒、9.99秒…)があります。したがって「10秒に到達するまでには無限の途中時刻を経過しなければならない」と言えるのです。
この観点からすると、
- (1) 10秒まではアキレスは亀に追いつかない
- (2) 10秒後にアキレスは亀に追いつく
- (3) 10秒を過ぎればアキレスは亀を追い越す
という三つの見方がすべて正しくなります。寓話は(1)だけを強調することで「いつまでも追いつけない」という印象を与えているのです。
本当に追いつかないのか?
結論として、アキレスは実際には亀に追いつきます。100メートル程度なら数秒で追い越すでしょう。
寓話が示しているのは、無限分割という考え方を利用して「追いつけないように見せる」仕組みなのです。
まとめ
アキレスが亀に追いつかないとされる理由は、
- 追いつくまでの過程を無限のステップに分割する
- 無限のステップは終わりがない
- したがって追いつけないように見える
という理屈です。しかし実際には、アキレスは無限にあるステップを「有限の時間」で通過してしまいます。したがって矛盾はなく、現実には追い越すことが可能です。
数学的考察
ここで重要なのは「無限個の数を足す」という発想です。例えば、0.1 + 0.01 + 0.001 + … のように急速に小さくなる数をいくら集めても、0.2を超えることはありません。一方で、1/2 + 1/3 + 1/4 + … のように減少が緩やかな場合は、和が無限に大きくなります。
つまり「無限に足しても有限に収まる場合」と「無限に大きくなる場合」があり、その境界は数学的に非常に興味深いテーマとなっています。