実数直線における0の隣の点

昨日、隣の点について書いたが、もっと具体的、0の隣に点はあるか。

普通の答えは「ない」である。私は、これに違和感を感じる。なぜ違和感を感じるのだろうか。

それは、0より大きな数が存在している。数が存在している以上隣りに数が存在していなければならない。言い換えるのなら、中間値の定理のようなものである。隣を経由しないで移動できるはずがない。

数直線の0から1にアキレスという点が移動できたとする。1に移動できたということは、中間の1/2を経由してきたことだ。ということは。1/4の地点も経由してきた。どの瞬間かわからないが、隣の点に連続的に移動しないで、1に移動することなど可能であろうか。

一瞬にして、0から1へ移動したわけではない。

1への移動を逆に考えてみると、0と1の間には数が存在する。その数と0との間にも数が存在する。さらに、その数と0との間に数が存在する。永遠に終わらないが、いつまでも数が存在し続ける。アキレスはそれらの数を経由して1に到達した。どの点も飛び越えてはいない。

矛盾でもなんでもない

どこが矛盾なのか、パラドクスなのか、それが示されていないじゃないか。つまり、いろいろな論理の飛躍があるからおかしな結論になっているだけで、論理的に突き詰めればなにもおかしいことはない。それでは、どこに論理の飛躍があるのだろう。

移動するとは

移動するとはどういうことだろうか。我々は、ものを離散的に考えることと、連続的に考えることを混同することがある。離散的な数には、隣がある。整数のように、1の(右)隣は2,2の隣は3、・・・、とどの整数にも隣がある。

隣はないが、近くがある

連続的な量には隣がない。隣はないが、近くはある。近くに無限の点があるために隣がないとと考える。逆に、近くに有限の点しかなければ、隣があることになる。その有限の点との距離には最小値が存在するから。

結論

ゼロの隣には点がないが、それはゼロの近くに無限に点があるからである。連続的な量の移動は隣を経由して移動しない。実数直線上の点の移動は、近くの点を一気に移動した結果しか捉えることしかできず、その過程は捉えられない。つまり、隣への移動が繰り返しおこなわれて移動するわけではない。